マッチスティック・メン ネタバレあり感想&映画脚本分析

マッチスティック・メン
上映時間116分

監督:リドリー・スコット
脚本:ニコラス・グリフィン、テッド・グリフィン

ロイ・ウォラー(ニコラス・ケイジ)
フランク(サム・ロックウェル)
アンジェラ(アリソン・ローマン)

ログラインは、詐欺師のロイはひどい強迫性障害を治すため、その原因と思われる娘のアンジェラと交流するのだが、・・・(ネタバレ)だった話。

この映画はどんでん返しが魅力なので、・・・で表現しました。その・・・のために、観客は騙され、しかしなぜかほっこりする展開になっています。
映画的にも、脚本的にも、とってもおしゃれです。理想の脚本といってもいいバランス感覚です。
脚本家として、注目すべきはアノ部分なんです。
さて、分析していきます。

マッチスティック・メン matchstickmen

<鑑賞済みの方を対象にネタバレありで語っていきますので、見ていない方はご覧になってからがいいかと思います>

ストーリーのどんでん返しがもちろん魅力の映画なんですが、注目すべきは、主人公の変化です。それが理想的な着地を見せるので、私はこの映画の脚本を気に入っています。

映画を観るときに、まず何を気にするべきか?

それは、主人公が何を欲しているのか、ということに理解できるかがポイント。
観客として、主人公に感情移入ができない、乗れないという状態が続くと、映画館で苦痛以外の何ものでもない耐え難い時間になってしまう。

それを回避するために、制作側は考えつくさないといけない。
特に脚本家はそれを理解しないとまずい。

主人公のロイの場合、詐欺師の仕事に支障がきたすほどの強迫神経症、それに伴うチックに生きづらさを感じている。その状況から脱したいという欲求を持たせた。そのために1幕で、動揺を見せることが許されない詐欺師の仕事の状況を見せ、滑稽なほど潔癖症な彼の日常を見せることで、観客を納得させる。この状況を脱しないとまずいですよね?と思わせた。
特に、あのドアの開け閉めは発明。必ず「1、2、3」と声を出して確認する儀式をしないと彼は何も始められない。汚したくないという理由で、ツナ缶しか食べない。広場が苦手だから車の窓も開けられない、などなど。主人公に多くの障害が待ち受けていることを見せることでこの先起こる出来事に興味を抱かせる。もちろん彼がどう乗り越えるのかということにも。

さらに、その対立に、がさつで野心的な相棒のフランクがいる。彼は儲け話を持ってくるのだが、それに乗るのはロイにとってリクスであり、重荷。しかし儲けたいフランクが、なんとかロイの病気を克服させたいので、知り合いの精神分析医のクレインを紹介するあたりは、とても自然な流れで、観客はストーリーに疑問なく映画に引き込まれる。それがこの脚本の上手さ。すべてはどんでん返しのために自然な流れで話が進んでいく。

分析医のクレインのカウンセリングで、ロイの強迫神経症は、元妻との間にいたかもしれない子どもが原因、と判断する。ロイも観客もありがちなトラウマの1つに、腑に落ちる展開。
そして1幕の最後に、その噂の娘、アンジェラと再会する。2幕では、心を通わせ始める父娘を描き、ロイの病状も良くなっていく。そして、娘のために詐欺師を引退する流れへ持っていく。だが、それは容易ではない。様々な障害やトラブルが、父娘の仲を引き裂こうとやってくる。ロイは悩み、もがき、苦しむ。娘のアンジェラのために、まっとうな父親になりたいロイを観客が応援すればするほど、観客も同じように気持ちが揺れる。脚本家は、観客が主人公に共感できるキャラになっているか注意をはらうことが最も大事!

主人公の欲求の変化が決め手!

ロイの欲求は変化する。仕事のために強迫神経症を治したいという欲求から、アンジェラと出会って彼女の父親になりたいという欲求が生まれた。その普遍的な欲求に向かって、観客はロイに感情移入する。だが最後、あのどんでん返しが待っている。しかし、本当のラストでは、ロイは明確に自分が欲しい物を手に入れることになる。ロイがそれに気づくための映画であり、テーマが家族だったのだと気づかされると、観客は見てよかったと思えるのである。
自分が本当に欲しいものに気づく映画が、上等な映画。

ロイが真実を知ったとき、元妻の前で崩れ落ちる場面があるが、そこで彼はほっとしたようにケタケタ笑い出します。これがまさに彼が解放された瞬間。
”人生で一番俺が求めていたものは、そういうことだったのか”という笑いです。

おそらく我々も現代社会の忙しさに追われて、自分が何を一番欲しいのかがわからない状態で生きています。だから毎日疑問を抱かないようにせっせと働き、自分に与えられた時間を潰して生きている。そして病気や死に直面したときに初めて、ああ俺はそれがしたかったのか、と気づく。そのために我々の人生に病気や事故が用意されていると言ってもいいかもしれない。

ロイも心因性の病気に悩まされている。彼の場合は、医者に処方される薬を飲むと落ち着く。しかしそれはただの女性の更年期用のサプリメントだと気づくシーンがある。自分に嘘をついて生きている人には、嘘の薬で十分効くという皮肉がある。

心の悲鳴が体に出たとき、我々は一度その人生を立ち止まる必要がある。それは自分が行きたくない方向に頑張っている状態を意味しているから。
ロイも詐欺師という職業は稼げるが、彼が潜在的に求めていることは、”安定した家庭”。その欲求を満たせない方へ突き進んでいるため、体が拒否を繰り返す。しかし、アンジェラの登場で、症状が落ち着く。だが、また失うとわかると始まる。そして全てに気づいたとき、ああ俺はそれが欲しかったんだ、と彼はほっとしてケタケタと笑う。
そしてあのラストで、観客はほっこりする。だって人間は本能的な欲求としてそれが一番欲しいんでしょ、というのがこの映画のメッセージであり、テーマだ。

映画では、これから起きることに対する出来事を、案外セリフで予言させる

”政治におけるブーメラン現象”というのがある。
過去に国会で強く追求した野党議員が与党になるとすっかり忘れて、他人に浴びせた言葉がそっくりそのまま返ってくる皮肉である。
面白いですよね。とっても滑稽で。

この映画にもあります。娘のアンジェラが詐欺を教えて欲しいと嬉々となり、断りきれず、ロイは娘にルールを教えてしまう。その場面で彼ははっきりこういってしまうんです。

「絶対に騙す相手に騙されるな!」

いいセリフですね。その後に、彼は怒涛のように騙されていくので。
こういう何気ない会話や、当たり前のような日常の延長を自然に描くので、ついついこの映画に騙されてしまう。

何度見ても面白いので、ぜひご覧ください。

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