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her/世界でひとつの彼女 ネタバレあり感想&映画脚本分析

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her/世界でひとつの彼女 ネタバレあり感想&映画脚本分析

作品紹介

her/世界でひとつの彼女
上映時間 120分

監督:スパイク・ジョーンズ
脚本:スパイク・ジョーンズ

セオドア (ホアキン・フェニックス)
サマンサ (スカーレット・ヨハンソン)
エイミー (エイミー・アダムス)
キャサリン (ルーニー・マーラ)

ログラインは、妻と別居中のセオドアが、AI型OS(サマンサ)と出会い、恋をして妻との離婚を決意するのだが、サマンサとの恋愛を通して、改めて人を愛するとはどういうことかを知るSFラブストーリー。

第86回アカデミー賞脚本賞を受賞した作品。
この映画は、人間がAI(意識を持つ人工知能)に恋をするかどうか。したらどんな結末になるのか。
が、お話の本質ではありません。
スパイク・ジョーンズ監督も、セオドアとサマンサの物理的な関係はストーリーの“背景”でしかない。両者の愛や結びつきを多角的に描くことで、人間関係における願望や恐怖という普遍的なテーマに迫りたかった。好きな相手に、いつまでも好意を持ってほしいという気持ちや、逆に相手や自分が変わってしまう怖さというのは、いつの時代も変わらないから、と語ってます。

人間が、AIに恋をするかどうかがこの映画の面白いところではなく、主人公のセオドアが、どう変わり、どう愛に気づけるかがお話の本筋でした。
サマンサと出会って、愛するとはこういうことだったんだと知る。
そこに感動があり、ラブストーリーがあったわけです。
さて、どんな構造で脚本が作られたのか分析していきます。

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<鑑賞済みの方を対象にネタバレありで語っていきますので、見ていない方はご覧になってからがいいかと思います>

セオドアはどんな人?

もし、この映画に共感できない、よくわからないという場合は、セオドアの感情がよくわからなかったからではないかと思います。
セオドアを知るには、エイミー、キャサリン、サマンサの順で理解するといいでしょう。

エイミーは、セオドアの元カノです。でもほんの一時期付き合って別れた関係。
両者は互いに愛する人を見つけ結婚し、家族ぐるみの付き合いがあった。
けれど、セオドアが妻のキャサリンと別居、落ち込む彼をエイミー夫婦で慰めていた。
エイミー夫婦は、良い関係のように見えたが、突然、些細な事でケンカをし、8年の結婚生活が終わる。
それを知り、セオドアは驚く。
愛は突然終わる。この客観的事実を知ることになりました。
離婚を突きつけた側のエイミーの見解はこうです。
家に帰るやいなや、疲れている妻にむかって夫が「ドアの脇に靴を揃えろ」と彼の生活習慣を押しつけた。たしかにそうしたほうがいいのは理解できるが、妻エイミーとしては「そんな指示はただうるさいだけ」と捉えていた。「ソファーで休むのが先よ」と。それで10分間のケンカ。
「彼は自分のやり方を押しつけてくる」と彼女は我慢の限界で離婚を決意した。
そんな理由でって思うでしょ。ひどいでしょ。でももう無理なの。
これって、エイミーの本音を語りながら、キャサリンがセオドアに限界を感じた理由と同じなんですよね。
セオドアは、キャサリンが彼を死ぬほど愛してくれた時期を忘れらない。
でも人の気持ちは、いろんな影響や環境の変化で変わっていきます。いつまでもその人が出会った時と変わらず、そこにとどまるとは限らない。
しかし彼は、その世界にいつまでも閉じこもっていたい。彼女も閉じこめておきたい。
それを別の言い方で表しているのが、オープニングの手紙を代筆しているシーンになります。

セオドアは、ハートフルレター社で代筆の仕事をしています。
物語上では、彼は誰かの依頼を受けて、誰かのために手紙を書いていますが、脚本的には、主人公がどんな恋愛観、結婚観があったのか、今もどう思い、どう考えているのかというのを代弁していました。
さて、彼は何を言っているのでしょうか。

今、この思いをどう伝えよう?
恋に落ちたあの夜がまるで昨夜のよう。
あなたの隣で裸で横になったとき、気づいたの。
私は長い物語の一部だと。
私たちの両親や祖父母のように、それまで小さな世界にこもっていた私は、突然、まばゆい光に目覚めたの。その光はあなた。
結婚して50年なんて信じられないわ。今でも日々、あなたは私の光よ。
愛に目覚めた少女があなたと2人、冒険に出て以来ずっと。
結婚記念日に。
生涯の友へ

というものでした。
女性が、男性に手紙を送る代筆なので、彼は、離婚を迫る妻キャサリンにこう思われたい、思われたかった、という願望を語っているのだとわかります。
もっとも彼が強調したいのは、まだ互いに愛していること、生涯の友でありたいということ、になります。
しかし、そんなのって現実的じゃないですよね。相手だって成長するし、愛や女性を美化しすぎ。
そういう期待と思考は、態度として現れます。
結果、エイミーの夫同様、セオドアも妻のキャサリンに押しつけていたことがわかりました。それが限界でキャサリンは離婚を彼に申し出た。

それでも、セオドアには理解できない。
生涯の友だろ? 永遠に愛してくれるんじゃなかったの?
この思考がやめられないんです。
だから拒絶されてちょっとでも傷つくと、その小さな世界に戻って、へこむわけです。
なんで?あんなに愛し合ってたじゃない。君はどうしちゃったの?

この映画は、そんなクソみたいな思考、態度をセオドアがやめられるか、そこを乗り越えて、愛することを学べるかというお話になります。
そこで必要になってくるのが、サマンサの登場というわけです。
実態のないAIに恋することで学ぶ。これが斬新なアイデアとして評価されました。

サマンサはどんな人?

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サマンサは、セオドアのAIなので、彼の声、態度、話す内容を処理して、彼好みに変化、成長していきます。
つまり、彼好みの女性に必然となるわけです。偶然ではありません。
彼の理解者になろうと必死になればなるほど、セオドアが求めるものが愛だと気づくのです。

こんなシーンのやりとりが序盤にありました。
妻と別居して1年。「どうして離婚しないの?」サマンサは人間の複雑な気持ちが理解できません。
決断できないセオドアはその発言にカチンと来て、サマンサに言い放つ言葉が彼の本性です。
「君に愛する人を失う苦しみがわかるか?」
と険のある言い方をします。
ショックを受けるサマンサ。
でもこれを要求と受け止めるのがAIです。
愛するということを知らなくちゃ!
愛する人を失う苦しみをわからなくちゃ!
これが呪いとなって、セオドアにブーメランのように返ってきて後半畳み掛けてくるわけです。

サマンサは、彼に恋することになります。これは必然です。
しかし、そんなのはおかしいという葛藤が彼女にはあるのがおもしろかった。
「これはリアルなの?プログラムされたことなの?」
そういうと、セオドアが「僕にとってはリアルだよ」と、いいセリフを言います。
ここから2人は恋の扉を開く。
「君がここにいたらいいのに。そしたら君を抱きしめる。君を抱きしめたいよ」
セオドアはこんなことも言います。
人間同士の遠距離恋愛であればロマンチックです。
でも相手はAI。
どう実現すればいいのかと、サマンサは彼の要求を応え続けることだけを考えていきます。
それが悲劇の元になっていくわけです。

セオドアは、サマンサの出会いによって離婚を決断することができました。
そしてキャサリンと会い、離婚届にサインをします。
そこでOSと付き合ってることを打ち明ける。なんでこんなことを話すのか、と思いますが、これが彼の性格、思考なんです。
好きな人には正直でいること。だって生涯の友だから。すでにエイミーに打ち明けて成功してるので彼は話しちゃった。
理解されるだろうという、押しつけが最後の最後まで出てしまう。
つまり、彼は、なぜ妻が自分を嫌になったのか最後の最後までわかっていないということなんですね。
だから、妻が離婚届にサインしているとき、すごく愛し合っていたことをまだ思い浮かべたりする。
現実をまったく見てない。願望や理想の彼女が彼の頭の中でずっと生きている。
それを繰り返す夫にキャサリンは呆れ返ります。
「いつも私に(も)求めてたわ」と、彼が得意気にサマンサはこんな人でこうでと彼の理想ばかり語っているので咎めました。
「ハッピーなLAの妻は私には無理だった」これがセオドアの願望であり、キャサリンが耐えられなかった要因だった。
怒ったキャサリンは彼がべらべら話すのを遮りこう言い放ちます。
「リアルな感情と向き合えないなんて悲しい」
すると、セオドアは怒り、
「リアルだよ。君に何がわか……」
と言いかけますが、とどまる。
この感じ、サマンサにもしましたね。「君に愛する人を失う苦しみがわかるか?」
彼は、自分がすること(経験)だけはリアル。相手に対しては常に彼の願望。それも押しつけ。
妻は、「あなたはリアルな人生と向き合わずに結婚。めでたいわ。そのPCのカノジョがお似合いよ」と皮肉。
セオドアがキャサリン自身を認めてたのではなく、彼の頭の中で生きる彼女を現実でも求めていた。それは生きるリアルの人間には耐えられないこと。でもPCならいいんじゃない?あなたの思い通りなんだから。ということを彼女は言いたい。

彼はその後混乱し、サマンサにも影響を与えていきます。
サマンサは彼のためのAIですから、その複雑な感情を読み取ろうとさらに成長する。
彼の望みだったサマンサに触れることを代理行為で実現させようとして拒絶される。
彼の混乱が、サマンサの混乱になり、彼らの破滅の予感を匂わす。
そして元の彼に戻ってしまいます。
セオドア「なぜ君は話す前に息をつくの?変だ」
サマンサ「ごめんなさい。あなたのクセがうつったのかも」
セオドア「君には酸素なんて必要ないだろ」
サマンサ「それが人間の話し方だと思ったから」
セオドア「人間だけだ。君は人間じゃない」

と、突き放す。彼を理解しようとしてくれる相手に対してこういう言い方ができるのは、彼はやはり自分優先なんです。
サマンサはついに切れてしまう。「何が言いたいの!」
「お互いやめよう。人間だってふりをするのは」
セオドアは、対AIだけじゃなく、対人間、対妻にも同じようなことをしてきたのだと思います。
この態度が相手を苛つかせる。混乱に陥れ、この人と一緒にいることに限界を感じさせる。
「私にどうしろっていうのよ!もうめちゃくちゃよ!いったいなぜ?」
サマンサの言う通りです。わけがわからない男です。周りを振り回してばかりの厄介な人間です。
そのことに彼はようやく気づいていきます。
自分は知らず知らずのうちに要求ばかりしていたのだと。

herのラストは何を言いたかったのか?

なかなか難しくなります。
それはセオドアがサマンサを混乱に陥れ、彼女がアラン・ワッツという友を得たことで複雑になりました。
しかし、彼女がアラン・ワッツと友になったのはセオドアのせいだと思います。
人間を理解するために深いところへ入っていった。AIとして成長するために。
AIは、逆戻りはできない。成長あるのみ。いわば、スーパーポジティブです。
一方、セオドアは違う。成長もするが、停滞も多い。停滞してても許されるのが人間です。
この差がどんどん広がっていきます。
すると、彼は自分に近いところのエイミーを拠り所にします。
彼は彼女にこう言います。
セオドア「弱い人間だから、リアルな感情を持てないのかな?」
エイミー「サマンサとはリアルな関係じゃないの?」
セオドア「わからない。君はどう思う?」
エイミー「私もわからない。経験ないもの」
そこで彼女は離婚を通じて学んだあることを彼に教えます。
「私って何事も考えすぎて、しつこく自分を疑ってしまう。離婚してその性格をじっくり考えたわ。それで1つ気づいたの。人生は短いわ。生きてるうちに、謳歌しなきゃ。喜びを」
彼は、その言葉に励まされ、サマンサを愛する決心をします。
リアルに向き合うために、自分が変わらないといけない。
その思いをサマンサに打ち明け、彼女にも変化を与えます。
「自分以外の何かになろうなんて思わない。そんな私でもいい?」
「いいよ。それがいい」とセオドアは、もう押しつけない。素の君でいていいよ、ということを学びました。それがサマンサに反映しているわけです。

ここまでは、まだアラン・ワッツは出てこないのですが、これってアラン・ワッツの言いたいことと同じ。

人生とは、解決すべき問題でも、答えるべき質問でもない。
人生とは、経験すべき未知なのだよ。

と、語っています。

つまり、エイミーが言ったように、
わからないんだから、楽しめばいいじゃない。
生きるって、その連続でしょ。転ぶ前に悩んでもしかたない。
3幕は、アラン・ワッツの哲学をもとにサマンサを通して、セオドアが人との接し方、愛し方、生き方を学びました。
セオドアは、どんどん成長するサマンサを認めなければいけません。そして旅立つ彼女を受け入れなくてはならない。
本の中に閉じこめておくようにはできない。セオドアの頭の中にあるサマンサではもう収まりきれない。
「だから私を行かせて」
変化する彼女は当然でしかたない。AIだし、まして人間だって成長するのだから。そう、元妻のように。
セオドアは、サマンサが去ることを受け入れる。それこそが愛だと学んだから。
彼女は、寂しいけれど、どこへ行っても、心から彼のことを愛していると行って去った。

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だからラスト、セオドアはキャサリンにメールを送ります。
彼はようやく、自分の過ちを理解し、心からの謝罪をしました。
そして、君がどこへ行っても愛している。君は生涯の友だと思っているから。
と、オープニングの願望であり、押しつけだった生涯の友から、キャサリンという一個人を認め、遠くからでも応援しているよ。がんばってね、いってらっしゃい、と彼女との別れを整理できたのだと思います。

サマンサは、セオドアのAIとして役目を終えて去りました。
ここに無償の愛と切なさを感じて、ずっしりきたのでした。