コメディー

鍵泥棒のメソッド ネタバレあり感想&映画脚本分析

鍵泥棒のメソッド

鍵泥棒のメソッド ネタバレあり感想&映画脚本分析

作品紹介

鍵泥棒のメソッド
上映時間は128分

監督・脚本:内田けんじ

主要登場人物
桜井武史:堺雅人
コンドウ / 山崎信一郎:香川照之
水嶋香苗:広末涼子
工藤純一:荒川良々
井上綾子:森口瑶子

この映画は、逆転した2人のストーリーが交錯するとても上手い脚本です。
ログラインは、売れない貧乏役者の桜井武史(堺雅人)が、銭湯で頭を打って記憶を失った羽振りの良い男、山崎(香川照之)の脱衣所のロッカーの鍵を自分の鍵とすり替え、山崎になりすますのだが、山崎はコンドウという殺し屋で彼はその仕事をしないといけなくなる話。
それと、
記憶を失った山崎は、元来の努力家の性格が功を奏し、役者・桜井として成長し、殺し屋で孤独だった彼に水嶋香苗(広末涼子)という最愛の女性と出会う話が、見事に折り重なる作りになっています。

山崎が記憶を取り戻したとき、どういう結果になるのか?
というのが、お話のひっぱりになります。
ですから、コンドウの殺し屋というイメージから真逆の人間になればなるほど、コメディーラインの期待値が上がる構造になっています。ということで、胸キュンが1つのキーワードになっていく。面白いアイデアだと思います。

特にこの映画が成功している理由は、キャラクター設定です。
桜井と山崎の対比構造がわかりやすい。

”努力しないvs努力家”
”貧乏vs金持ち”
”行き当たりばったりvs戦略家”

のような精神構造を見せ、いかに人間が入れ替わろうとも、環境にせいにしようがなんだろうが、その人の性質によって、人生の道がどうにでも開かれる、というメッセージが、コメディーの裏に語られている、実は深いと感じさせるお話です。

さて前置きが長くなりましたが、今回も分析していきたいと思います。

鍵泥棒のメソッド

<鑑賞済みの方を対象にネタバレありで語っていきますので、見ていない方はご覧になってからがいいかと思います>

コメディー映画はキャラ設定が重要です。
国内のコメディー映画やテレビドラマで誤解してると感じるのは、そのキャラの作り方です。
現在最も多く横行しているのは、”ちょっと抜けてるキャラ”を作ればそれでいいと考えているフシが作り手にあるんじゃないかと思います。
その場合、セリフ過多であったり、過剰演出が目立つようになります。なぜそうなるかというと、笑いの基本である、”緊張と緩和”を理解していないからです。

この映画は、緊張がよく作られているので、みんなが同じところで笑える構造になっている。
特に、山崎のキャラクターは、コンドウという凄腕の殺し屋だったということを冒頭で見せることで、記憶を失うきっかけの事件(銭湯でのすっ転び具合)から記憶を失った後、桜井としてどう生きるか、どう役者として向き合うかの真剣な様子に笑える。

その笑いのフリを、1幕で山崎だけでなく、桜井も香苗もよーく作りこまれています。無駄のないセリフとシーンが徹底的に作りこまれている。体脂肪が一桁台のような脚本です。

2つのパートでストーリーが展開する巧妙な作りとは?

このお話は、2幕の終わり、山崎が記憶を取り戻すというターニングポイント2まで、2つのパートでストーリーが展開していきます。
1つは桜井パート。もう1つは、桜井と思い込んでいる山崎パートです。
これって脚本作りとしては大変な作業だと思います。とっても苦労するはず。
なぜなら、記憶を取り戻した2人が交わったときに再度盛り上げないといけないので、3幕前までに互いのパートで緊張度を最も高く作り上げておかないと衝撃度が薄まってしまいます。
3幕で面白さが落ちる危険をはらんでいますが、さすが内田けんじ!と感じさせる素晴らしい構成の脚本ができている。

その成功の裏には、もう一人のキャラを誕生させたことが大きい。水嶋香苗という存在。

冒頭でいきなり何の脈略もなく、香苗が「結婚することにしました」と同僚部下たちに宣言します。しかし結婚相手がいないことを告げ、その協力をしてほしいと訴える。条件は、「健康で努力家の方であれば容姿はそれほど問わない」
なぜ結婚したいのか?ということは、観客やその同僚たちには告げられないまま、お話は進む。それが2幕の終わり直前に示され、おっ!という展開になります。
通常の脚本家であれば、いわゆる”ちょっと抜けてるキャラ”を安易に使っただけかと思うのですが、まったく違います。このキャラには意味があることがわかる。
また、香苗はどんなことにも一生懸命で突っ走る性格です。根が大真面目。コメディーで多く使われるキャラは真面目な人です。真面目って、はたからみると面白いんですよね。
そんな彼女だからこそ、3幕の解決に大きな役割を担う。一生懸命さが大きなピンチを救うというのも、この映画のメッセージの1つです。

キャラクターで重要なのは、おっ!と思わせること!

おっ!となる展開はどうするのかというと、その人物が抱く目的に対する動機が通常ではないときに人は、おっ!となります。しかし、キャラクターの性格にはまっていないと、その動機は成立しません。
動機は、シナリオを書いてる段階に思いつくようではダメです。必ずプロット段階で明確にしておかないと、シナリオに効果が反映されません。「おっ!」とか「なるほど!」と思わせる動機が作れていないと面白いとは感じにくいはずです。

この「おっ!」とか「なるほど!」は、桜井のキャラクター、コンドウのキャラクターでもうまく作られています。
何度もいいますが、それは1幕で上手に状況説明がされています。

桜井というキャラクターは、冒頭で首吊りに失敗をします。ボロく細いひもが切れてしまったからです。この計画性のなさや、行き当たりばったりな感じが随所にでます。
例えば、失敗した直後に、風呂屋のクーポンを見つけて風呂に行くという行動に出る。これ普通なら違和感を覚えますが、このキャラだからそういう行動に出てもおかしくない。
山崎の金を使い込み、死んで詫びるとビデオ謝罪した直後、電話に出て殺しの依頼を受け、それに乗るという行動にも出れる。
彼の思考回路は、ものすごくいい加減で単純。だから貧乏だし、役者としても売れない理由がそこにもあると示されます。
しかしうまいのは、そんなキャラを憎めないように作っているところです。(他人の金ではあるが)大金を豪遊に使うのではなく、借金を返したり、殺しはできないからターゲットを救うために金を使ったりする、変な人なんです。変なんだけど、根が真面目というのが観客には伝わるので、緊張ができ、コメディー要素を高めるキャラに仕上がっている。

コメディーの主人公は、いかに緊張を多く作り、緩和の部分でストンと腑に落ちるところに落とせるか。それが笑いになると計算されているか。コメディーはその計算が難しい。センスが問われるので、平凡な脚本家は逃げたくなるはずです。
このセンスは学校で身につくことでもないし、プロになってセンスが磨かれるとも思えない。やはりその作家自身がどう生きて、どういう人と付き合い、何を感じて生きているのかが大事。面白いことをいう人は総じて、根が大真面目な性格で割を食ってる人というイメージがあります。それを客観的にどう捉えて生きているか、なんだと思います。

うまさは、さりげなく出す

1幕で、桜井がコンドウの金で旧友たちに借金を返して回り、元カノにお金を返しに行く場面があります。その元カノは、今彼と結婚するらしく、桜井は特に何も気にしていないふりをしてカッコつけているのですが、服にタグをつけたままでいることを元カノに指摘され、照れてしまいます。すると元カノが彼に、
「変わってないね」と懐かしそうにいいます。
しかし桜井は、渋い顔になり、
「そうでもないよ」
とセリフをいうところが、私はうまいと感じました。
この場面は、あまり重要とは思えないように作られているのですが、最終的に彼の動機という部分で大きく関わってきます。うまさはさりげなく出す。それもセンスです。

テーマもさりげなく描く

1幕の終わりに、3人が桜井の部屋で鉢合わせします。
そして桜井と思い込んでいるコンドウが、桜井が書いた遺書を読み上げ、桜井が慌てる。すると、コンドウは桜井に向かってこう言います。
「35にもなって、定職もなくて、こんなとこ一人で住んでれば、死にたくもなりますよね!」
桜井は逃げるように去ります。現実と向き合えないキャラがよく出ている場面。
そして香苗と二人きりになり、コンドウはこう言います。
「大事なのは、これからどうするかってことだと思うんです」
これがこの作品のテーマの1つだと考えられます。
桜井という人間は、自分でダメな状況を作り出している。
その桜井になってしまったコンドウは、現実に悲観はしてるものの、これからどうすればいいのかと必死で考えます。努力もして、香苗の協力も恥じることなく受けます。ちょっとずつでも前に進む。それが人生では大事なんだ。
しかし一方の桜井はどうか。金があっても相変わらずダメなんです。

そして記憶を取り戻したコンドウが桜井に一つだけ願うことは、
「お前の人生このまま俺がもらうぞ」
桜井は驚いた顔をします。それが現在を生きる私たちの顔なんです。

どんな人でも、どんな環境でも、どんな状況でも、突きつけられた現実に対して、これからどうするかと前向きに希望を抱けば、人生は案外面白い、そんなふうに思える作品です。
まだ見ていない方はぜひご覧ください。