ブラックスワン ネタバレあり感想&映画脚本分析
作品紹介
ブラック・スワン
上映時間108分
監督:ダーレン・アロノフスキー
脚本:マーク・ヘイマン、アンドレス・ハインツ、ジョン・J・マクローリン
主要登場人物
ニナ(ナタリー・ポートマン)
トマ(ヴァンサン・カッセル)
リリー(ミラ・クニス)
母(バーバラ・ハーシー)
ベス(ウィノナ・ライダー)
ログラインは、まだ少女のようなバレリーナのニナ(ナタリー・ポートマン)が、『白鳥の湖』の主役に抜擢され、白鳥と黒鳥を踊ることになるのだが、官能的な役のブラックスワン(黒鳥)に苦しみ、次第に少女から大人への殻を破り、完璧なブラックスワンを踊る話。
<鑑賞済みの方を対象にネタバレありで語っていきますので、見ていない方はご覧になってからがいいかと思います>
冒頭が勝負!
主人公のニナは、白鳥の湖の主役を演じたいという夢を見て、目が覚めます。彼女の笑顔は優しい少女のようです。そして朝起きてすぐにストレッチを開始し、食事制限もしていてストイックであるという印象を見せる。これが冒頭のシーン。3分半の出来事です。
脚本家は、冒頭に気を配ります。冒頭にどんなことを見せるか?
多くは、主人公の変身前、あるいは成長前の姿を作品のジャンルやイメージにのせ、簡潔に知らせます。『ニナは白鳥の湖を踊りたい、努力家の少女』というイメージを観客に知らせるために一番いい方法を考えなければならない。その答えが3分半に凝縮される。
次にすることは、その欲求を阻むのは誰であるかを教えます。
彼女の母親が登場します。もちろん娘を応援する母なのだが、どこか不穏な雰囲気を感じます。ニナが嬉しそうに、「(バレエ団から)主役にって言われてるの」と話すと、母は一度不機嫌を隠すように視線を下げてから笑顔になり、「当然よ。誰よりも努力してるんだから」といいます。しかし、母はニナの視線が下へ向くと、真顔になります。笑顔と真顔の落差がものすごく怖い印象を与える。そしてニナはその母の隠れた敵意を感じ取っています。ニナに服を着させようとして、左肩の湿疹を見つけたときです。ニナは、危険を察知するように急いで服に腕を通す。母はあえて笑顔を見せ「一緒に行かなくてもいい?」とニナに聞きます。ニナは(もう子供じゃないのよ)という表情だけをする。母は頷き、ニナを抱きしめます。しかしまた真顔になります。
母子の関係性が必ずしもうまくいっているわけではないことが分かるシーンです。下手な脚本は何でもしゃべり過ぎます。うまい脚本ほど、映像で見せる。セリフでいえることは、行動で示すことはできないかと模索する。それがプロの脚本家です。
ここまでのシーンで5分弱です。
冒頭の5分間で何を見せたのかというと、ニナの紹介。母の紹介を合わせて、母子との歪な関係。普通ではない過保護な様子を表現しました。そして、主人公が少女から大人の女性へ、というテーマの提示に観客はまだ気づきませんが、おそらくこの環境を打破しなければニナは成長できないだろうというのは、想起できたと思います。
つまり、脚本家は冒頭でこの話は、誰の話で、どうなる話かというのを簡潔に知らせる必要があるということです。この映画はそれが成功していると思ったので、取り上げました。
映画分析はまず3幕構成にさばく!
3幕構成でいう1幕についてですが、0〜23分までが1幕になるかと思います。
ニナが、予想に反して、スワンクイーンに選ばれた、そこまでが1幕です。
ターニングポイントは、21分の場面です。自分を主役にしてほしいと、演出家のトマの部屋を訪れ、女を武器に売り込むニナ。彼女は、真っ赤な口紅をつけて現れます。その口紅は、憧れのベスの楽屋から盗んだ物。この盗むという行為は、主役をベスから盗るという意味でもあります。つまり彼女はベスのやり方で、主役を勝ち取ろうとトマの部屋に自分を売り込みに来た。けれど、トマに、もう主役は他で決めたとあっさり断われてしまう。すると途端にいつもの弱気なニナに戻り、帰ろうとするのだが、「説得しないのか?」と引き止められる。そしてトマに強引にキスを奪われます。しかしニナは、トマの唇を噛んだ。噛みついたといってもいい。ここが21分です。ちょうど不穏な音も流れます。(その辺の音の指示までは通常脚本家はしません)
それが何を提示しているのかというと、彼女の中のブラックスワンが人前で現れた瞬間を表現しています。ここからがドラマのスタート、エンジンがかかった瞬間なのです。
1幕に主要登場人物はできるだけ全員登場させる!
1幕は、ニナの成長に影響を与える主要登場人物が全て登場します。その登場シーンは、常にその人物の特性を表現しています。
トマのダンサーの選考の仕方。
遅刻してきた黒いコートを着たリリー。(ニナは白いコートを着ているシーンが前にある)つまり、ニナの不安要素であるブラックスワンの役において、彼女は驚異の存在になるというのを表します。
主人公には、<目的>と、<本当の目的>を用意する
ブラックスワンの1幕は、かなりよくできていて、作品上重要なセリフがトマによって語られます。ニナに対して、
「君のイメージは白鳥しかない。美しく、繊細で臆病な白鳥は君にぴったり。でも黒鳥はその逆」
ニナは不安そうな顔で、「黒鳥もできるわ」という。だが、
「そう思わない。君は激しい感情を表せない。なぜ自分を抑える?」
彼女は泣きそうな顔で答えます。
「完璧に踊るため」
これが彼女の本当に欲しいこと、達成したい目的だとわかります。
彼女は、白鳥や黒鳥の主役に選ばれたいのが最終目的ではなく、完璧に踊ることが、一番の目的だと語ったのです。同じように見えてこれは本質的にはまったく違います。
脚本上、重要なことは3回言えとよくいわれますが、彼女は「完璧」というワードを随所にいってます。その<完璧に踊る>に縛られ、どうしたらいいのか迷い、葛藤するというのが、2幕の流れになっていきます。もちろん3幕のラストはその言葉で締めくくられるというわけです。
2幕や3幕についても詳しく分析したことを話したいですが、長くなるのでまた今度……
ただ脚本の勉強をされている方がいると思うので、重要な場面をポイントで上げると、56分のミッドポイント。ニナにとって大人の階段を上るうえで邪魔な存在の母との対立が表面化し、肌を見せなさいという母に対し、ニナが初めて拒絶する場面。ここから物語が様変わりします。ストーリーは加速し、ニナが大人の女性に駆け上がっていく。リリーはニナを大人へ引き上げる存在だと脚本家は気づいていないとダメです。リリーが存在するのかしないのかも怪しいくらいの書き方でいいでしょう。
ミッドポイント以降は、ニナは自分の中にいる少女の白鳥と大人の黒鳥の間で葛藤する。ここが見どころになっていきます。
この映画のいいセリフは、
The only person standing in your way is you.
It’s time to let her go.
Lose yourself.
君の道をふさぐ者は君自身だ
邪魔者は取り除け
自分を解き放て
それを聞いたニナの目が素晴らしくいい。まさに大人の女性の目になった。
ラストは少女の白鳥の演技で失敗。楽屋に戻り、リリーとの対決。これは自分の臆病さや邪魔者を排除する最終決着を表現。邪魔者は他人ではない。いつも自分の中にいる。これがこの作品で観客に訴えたいこと。
今の不満足な自分から、満足する自分になるには、自分に打ち勝たなくてはいけない。自分の中の臆病を排除し、自分で手に入れなければいけない。それは痛みを伴う。恐れず、自分を解き放って、理想の自分に近づけというのがメッセージとしてあるのではないでしょうか。
他にもいっぱいうまい表現方法があります。ブラックスワン、ぜひご覧ください。