アンストッパブル ネタバレあり感想&映画脚本分析

アンストッパブル
上映時間 98分

監督:トニー・スコット
脚本:マーク・ボンバック

フランク・バーンズ (デンゼル・ワシントン)
ウィル・コルソン (クリス・パイン)
コニー・フーパー (ロザリオ・ドーソン)
ガルビン (ギャルヴィン)

ログラインは、リストラ宣告されたベテラン機関士と新米車掌はいがみ合っているが、大量の化学薬品とディーゼル燃料を積載した無人暴走貨物列車を止めるようと協力し、奮闘するサスペンス・アクション。

パニックムービーは、3幕構成でつくりやすいです。
日常から非日常を経験し、新たな日常へかえってくる話にしやすい。
また、パニック状態は人間の本質が出るので葛藤を描きやすく、ヒューマンドラマがつくれる。さらに、パニック状態は想像力をかきたてられ、観客は、わたしならどう解決するだろうか、と映画の中に引きずり込むことができる。よって、感情移入がしやすい構造になる。
しかし、パニックムービーのラストは当たり前だが決まっている。自己犠牲をおかして主人公や仲間が助かるという話だ。それを観客に予定調和と捉えられてしまえば駄作になる。
そうならないためにどうするのか?
アンストッパブルで分析していきたいと思います。

アンストッパブル

<鑑賞済みの方を対象にネタバレありで語っていきますので、見ていない方はご覧になってからがいいかと思います>

事実をもとに着想をするとは?

アンストッパブルは、アメリカ・オハイオ州で発生したCSX8888号の貨物列車が暴走した事故をモデルに着想した映画です。
題材選びとして、事実をもとに着想をするというのはよくあります。
国内で起きた猟奇事件をもとに着想を得た作品を、このごろよく目にします。ただ残念なのはテーマを感じられない。残虐性ばかりが注目され、事件の羅列になりがち。おそらく題材となる事件を見つけ、これだ!と飛びついたはいいが、その事件の本質を理解していないからなのでしょう。

一方、この映画は違う。はじめに、鉄道会社の根っこ(企業体質)が、問題の発端だと暗に示している。
つまり、企業経営陣によるコストの考え方の問題だ。安全よりもローコストを優先させ、安易にリストラを推進する。人材を減らし、コスト削減ができたと経営陣は思っているが、そのせいで一人ひとりの従業員の負担が増え、職場環境は劣悪化し、悪循環が生まれる。
小さなひび割れは、後々、大きな事故を生み、かえって莫大な損害を会社が被ることになる、ということに大会社の経営陣は気づけと問題提起している。

主人公のベテラン機関士フランクは、会社からリストラ勧告された。古株の仲間も同じ。
逆に、もう一人の主人公のウィルは若く、コネ入社の車掌。
会社は高コストのベテランを切り捨て、ローコストで未熟な若者を雇い、経営しようと考えている。
そんな両者が、ぶつからないわけがない。不満を持たないわけがない。
会社の方針は、職場環境を悪くさせ、誰も会社や他人のために働くという考えはなくなる。自分さえよければいいという使命感の欠如が常態化してしまう。

ウィルは、家庭内の揉め事を職場に持ち込み、ケータイ片手で上の空。安全が求められる仕事なのに、使命感をまったく感じられない。気が緩み、態度も悪い。仕事よりも自分が家族に会える審判が下ったのかどうかだけが気になっている。
一方、フランクはそんな彼に気づきながらも注意しない。早くしろと急かすだけ。面倒なコミュニケーションを避けていた。だってクビなんだし……
そんな状態だからミスが起きた。

これは日本の職場でも現実に起きている出来事だ。
こういう社会問題の縮図をハリウッド映画はさらりといれる。パニックムービーでさえも。

事実をもとに着想する際、その悲惨さや衝撃を映像化するだけではもったいない。ただのお涙頂戴でもダメだ。
その事件がなぜ起き、どこにつながっていたのか。本質は何か。作家なりの気づきはあったか。世の中へ問題提起することはあるか、など脚本家は考えるべきだと思う。

この映画の結末は、ベテランと若者が協力し、危機を乗り越え、暴走列車を止めるという使命を果たす。
その使命感は、鉄道マンとしての誇りや正義感に気づいたことによるアクションだった。決して会社のためとかではない。働き人としての良心とプライドだった。

会社にいる人材ひとりひとりに、それぞれの能力が本来あるはずである。
そもそもフランクはクビを斬られるような人材ではなかったし、ウィルもただの若造ではなかった。しかし、その本来の能力を発揮させないような環境を会社が作ったがために、暴走事故は起きた。
保身ばかりで、現場を知らないアホ上司に、現場はいつだって振り回される。
会社にとって、あるいは社会に必要ないのは、そういった経営陣の方ではないか、と暗にこの映画は示している。会社のヒーローは、末端の働き人だ。そのリスペクトを忘れてはいけない。
それを感じ取った観客は、さらにカタルシスを感じることができる。
駄作にならないのは、そういったテーマが裏にあるからだろう。

ハードルの上げ方は細かいアイデアがいる

映画開始から約10分で、暴走貨物列車が無人で走りだす。そこから90分までノンストップ。
この約80分間で、いかに列車を止めないと大惨事が起きてしまうかというのを観客にわからせなければいけない。そして危険がたった1つであったらそれはお話の求心力、推進力が落ちてしまう。それをどう落とさず見せられるかがパニックムービーの鍵となる。

その場合は、大きなハードルと小さなハードルを用意する。
大きなハードルだと、まずは社会科見学の子供たちが乗った列車とぶつかるかもしれない問題がある。
次に、ことごとく本部(運行部長のガルビン)の作戦が失敗し、万策尽きるという問題。
そして最大のヤマは、市街地にある大カーブを猛スピードで突っ込んでしまえば、脱線して大爆発が起き、薬品による人的被害も起きる事態を絶対避けなければいけない問題がある。
それらを各プロットポイント、ミッドポイントの前後に置くことで、次はどの危機を乗り越えればいいのかと観客に見方を示すことができる。

ただし、主人公のフランクとウィルが関わるのは、大カーブをどう乗り切るかという問題だけである。
本部のバカ連中が立てた作戦がことごとく失敗するのは、フランクとウィルがこの先、どうやって暴走貨物列車を止めるのかという選択肢をあらかじめ削ることで、よりハードルを上げる役目をになったというわけだ。
そしてパニックムービーでお約束のタイムリミットを設定し、大カーブで制限速度を超えればアウトというのを用意した。
その最悪な危機を阻止するため、フランクとウィルが活躍する。
だたし、それだけでは物語の推進力は落ちる。
そこで必要なのは、主人公らの活躍を阻む小さなハードルを用意することだ。
それは、今起きている問題に物理的にも心理的にも悪い問題を主人公らにぶつけることで成り立つ。
心理的には、家族の問題をそれぞれ抱えている。仕事の立場の問題もある。
物理的には、側線にフランクたちの電車が入りきれず危険を回避できないとか、連結しようとしたら穀物が漏れて視界が塞がれたり、怪我を負ったり、先頭車両を阻む車両が出現したりとこれでもかと細かいアイデアを散りばめ、主人公たちを苦しめる。
クライマックスが近づくに連れ、さらに加速し、畳み掛ける不運や災難を用意することで、観客をハラハラドキドキさせることができる。

人物の見せ方を考える!

冒頭で多くは語らず、ウィルが抱える家族の問題が徐々にわかっていく。そして一番危機のときに、冒頭の謎がフランクによって明らかになる。
それまでは、ベテラン機関士と新米という仕事の間柄だったが、それを飛び越えるきっかけになった。そのために引っ張ったといっていいかもしれない。
ウィルの家族の問題をフランクが聞き、それにアドバイスをする。彼らは人生の先輩と後輩という信頼を構築させた。そこから物語は一気にクライマックスへと加速する。

なぜこういった話をそこへ入れたのか。もちろん二人で解決するというクライマックスに向けて必要なのだが、おそらく、現代のドライな職場環境ではたしていいのか、という思いが作家にあったからではないか。
他愛ない世間話が人と人を繋ぎ、信頼関係を補い、それが仕事のパフォーマンスにもつながっていく。だから、信頼を築いたフランクとウィルが向かう危機は、必ず解決できるという期待を暗に表現したかったのではないだろうか。
ラストのフランクのガッツポーズ。あれは何を意味するのか。
ただ助かったというガッツポーズではない気がする。仕事に信念を持ち、先輩が後輩を育成し、開花させた喜びだろうか。いろんな思いが詰まったガッツポーズに見えて感動する。
映画の構成、人物の見せ方などたいへん参考になるいい映画だと思うのでオススメです。

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