ショーシャンクの空に ネタバレあり感想&映画脚本分析
作品紹介
ショーシャンクの空に
上映時間 143分
監督:フランク・ダラボン
脚本:フランク・ダラボン
原作:スティーヴン・キング 『刑務所のリタ・ヘイワース』
アンディ (ティム・ロビンス)
レッド (モーガン・フリーマン)
ノートン所長 (ボブ・ガントン)
ログラインは、冤罪によって投獄された有能な銀行員のアンディが、終身刑で服役している調達屋のレッドと友情を育みながら、腐敗した刑務所の中でも自分の強みを活かして希望を捨てず生き抜き、ショーシャンク刑務所から脱する話。
<鑑賞済みの方を対象にネタバレありで語っていきますので、見ていない方はご覧になってからがいいかと思います>
決してあきらめないアンディに勇気をもらう
キャラクター作りで大切なのは、観客に応援され、愛されることだと思います。
アンディは冤罪で服役したという不運から物語は始まる。
だが、当初の印象はどうだろうか。妻の不倫が許せず、自棄を起こしかけたグレーな存在として描かれている。また、刑務所内でも孤立して、誰も信じておらず、助けも求めようとしない。それが、一部の囚人たちから付け狙われ、生傷が絶えない日々を送るうち、彼の考えは変わる。いや、変わらざる得なくなる。
レッドとの出会いは、そんな中で生まれた。ある計画のために必要なものを手に入れるため、調達屋のレッドを頼る。
人は1人では生きていけない、ということをまず映画は言いたいのだろう。
能力の高いアンディは、今まで1人でなんでもでき、生きてきたという自負があったように思う。若くして銀行の副頭取になり、美人な妻を手に入れた。それが裏切られ、不運にも獄中に送り込まれ、全てを失った。
そんな人間が、容易に脱することができない劣悪な環境に身をおいたらどうするだろう?
まったくの想像だが、作者はそんなことを考え、発想のもとを丁寧に膨らませていったのではないか。
そして追い詰められたアンディは生きるために自分を変えた。
ものをあまり語らないキャラクターは、その人の仕草や行動、それに伴った結果から評価できる。
たとえば、刑務所に入れられてまもなく、同時期に収監されたデブの囚人が無実であるとわめき訴えるうちに刑務主任によって理不尽にも殺される。新入りで一番先に泣くのは誰かという賭けの対象とされた彼は、他の囚人たちに名前さえ知られることなくこの世を去った。
無実という点では、アンディも同じだ。
ただ、行動が違ったので、違う結果が生まれたということ。
おかげでアンディはデブの囚人とは違い、生きている。もしかしたらアンディが彼になっていてもおかしくなかった。
だから、自然と「彼の名前は?」と死を悼んだ。
一方、囚人たちはまったく違う反応を示す。死んだと聞き多少ショックを受けるものの、それほど深刻には受け止めない。死んだら終わり、というあきらめが習慣づき、人間の情や思いといった大切なものを失っている。ショーシャンク刑務所ではそれがほぼ常態化され、変えられることはできないと皆が思い込んでいた。
そんなところで、「彼の名前は?」と死を悼む人物の登場は、囚人たちに違和感を与えた。
罪を犯して刑務所にいる連中とは明らかに違う反応。レッドはそう気づいた。それからアンディに興味を持ち、彼の調達もスムーズにやった。だが常に誰かに体を狙われるアンディを助けてやることまではできない。アンディも助けを求めない。この行動をレッドは見ていたし、彼が廃人になってしまうと危惧していた。
ここでも大事なメッセージがある。
あきらめずにがんばっている人は、必ず誰かが見ている。そして助けるべきときに、必ず手を差し伸べてくれる。
レッドは、彼の仲間と一緒にアンディを屋根の修理作業に加わせるため、賄賂を支払った。
レッドに借りができたアンディ。ここから彼の行動がおもしろい。刑務主任の遺産相続の課税逃れを手伝って、その代償に作業員にビールを配ってくれと頼む。彼自身は飲まず、独り離れて座り、奇妙な笑みを浮かべている。
いったい何を考えているのかわからないが、彼には計算があったのだろう。これで仲間を手に入れ、看守たちも手中に収めることができる。しかしレッドは、アンディに対しこう思う。
「安らぎを求めたんだろう。少しの間でも」と語る。
また、こうも考えられる。一人では生きられない。行動を変えれば、助けてくれる人がいる。自分には力があるが、それをどう使うか。人のために使えば、自然と自分にも返ってくることを学んだのではないだろうか。
アンディの行動原理の中に、ショーシャンクから抜け出す(脱獄する)という夢、希望がある。
夢や希望はまやかしだ、と考える人は世の中に多くいる。その大部分は、その程度で終わるかもしれないが、奇跡を起こすにはその夢や希望を失ってはダメなのだ。
そのことを、珍しくアンディが率直に語るシーンがある。名言だ。
図書係となったアンディは、州議会に図書館予算の請求を求める手紙を送り続け、ついに叶う。その荷物にまぎれて見つけた『フィガロの結婚』のレコードを所内放送で流し、懲罰を食らい、その懲罰明けの食堂で、彼はレッドや仲間に言う。
アンディ「(懲罰房で)音楽を聞いてた。頭の中で。心でも。音楽は決して人から奪えない。そう思わないか、レッド?」
レッド「若い頃はハーモニカはよく吹いたけど、入所してから興味を失った」
アンディ「心の豊かさを失っちゃダメだ」
レッド「どうして?」
アンディ「どうしてって……。人間の心は石でできてるわけじゃない。心の中には何かがある。だれも奪えないあるものが。レッドの心にも」
レッド「いったい何だ?」
アンディ「希望だよ」
だが、レッドはそれに異議を唱える。
レッド「お前に言っとくが、希望は危険だぞ。正気を失わせる。塀の中では禁物だ。よく覚えておけ」
レッドは仮釈放を何度も却下されていた。そのたびに希望を抱き、打ち砕かれてきた。何十年と年月が経ち、希望を持つことほど苦しいものはないと感じている。年長ゆえ、経験からでた年下へのアドバイスだが、アンディは聞き入れない。
案の定、レッドは30年目にして仮釈放を認められなかった。落胆する彼のもとへ、アンディはハーモニカを送る。まだ希望を捨てちゃいけない。そのメッセージを受け取ったレッドは、夜、房の中でハーモニカを少し吹く。彼の中で、アンディの言う希望を信じたいという本心が現れた。
それでも彼らは仮釈放も脱獄もできずに月日が過ぎる。
アンディの冤罪を晴らすことができる人間をようやく見つけることができたが、アンディを利用して裏金を管理させている極悪人のノートン所長が殺してしまった。
もう希望は断たれてしまうのか……。
しかしここでも、アンディは夢を語る。それから彼の逆襲が始まり、大きなカタルシスへつながった。
我々観客もギューッと胸を締め付けられていたが、アンディの脱獄とレッドとの再会で救われた。
希望こそ、生きる原動力。
その名言があった。
アンディ「選択肢は2つ。必死に生きるか、必死に死ぬか」
Get busy living or get busy dying.
いろいろな解釈があると思うが、何回も見てるうちにこれって両方とも、「あきらめるな!」と言ってるんだと考えるようになった。
生きるのも死ぬのも必死なら、同じこと。どうせ必死なら、必死に生きたほうがいい。その行動が、脱獄につながったのだと思うし、彼がいなくなった後、レッドがあきらめなかったことにもつながる。
絶望のときに寄り添ってくれた友の言葉が、希望を信じさせ、希望を叶えることにつながった。
希望を語れない人は、今その現状を変われない人です。
変わることを恐れるのをやめたとき、希望は叶うでしょう。なぜならすでにあなたは行動しているから。
そんなことをこの映画は教えてくれる。
『ショーシャンクの空に』は、心に残る名作だ。
立ち止まり、身動きできないくらい目の前が暗くなったとき、この映画を観ると、背中を押してくれる。
Hope is a good thing, maybe the best of things, and no good thing ever dies.